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東京地方裁判所 平成11年(ワ)70110号 判決 1999年10月28日

原告

株式会社商工ファンド

右代表者代表取締役

被告

右訴訟代理人弁護士

小林幸与

主文

東京地方裁判所平成一〇年〔手ワ〕第二四三〇号約束手形金請求事件について同裁判所が平成一一年二月二四日に言い渡した手形判決を左のとおり変更する。

被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

第一原告の請求

1  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は別紙手形目録≪省略≫記載の約束手形一通(以下「本件手形」という。)を所持している。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  原告は、平成一〇年七月六日、本件手形を支払場所に呈示した。

4  よって、原告は被告に対し、本件手形金一〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまで手形法所定の年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2の事実は否認する。

3  同3の事実は知らない。

三  抗弁

1  錯誤

被告と原告との間で、極度額一〇〇〇万円とする根保証契約が締結され、その担保として本件手形が振り出されたが、被告には三〇〇万円の保証意思しかなく、右根保証契約の保証限度額について錯誤があり、原因関係たる右根保証契約は無効である。

2  信義則による保証責任の制限

原告は、貸金業者として、法律知識に乏しい顧客に対し、保証契約締結に際し適切な判断ができるように説明する義務があるにもかかわらず、保証契約締結時、被告に対し連帯根保証契約の内容を説明しなかったばかりか、一〇〇〇万円は貸付限度枠にすぎないと虚偽の説明をなしている。また、貸金業の規制等に関する法律(以下「貸金業規制法」という。)一七条が、保証人に対しても契約書面の交付を定め、金融監督庁ガイドラインが、包括契約については包括契約の内容と包括契約に基づく貸付契約の内容について書面を交付すべきことを定めていることから、根保証人に対して、連帯根保証契約書及び追加融資の際の契約書面を交付すべきであるところ、原告は被告に右のような書類を交付しなかった。原告は、被告との連帯根保証契約を締結した後、訴外有限会社モナミ・インターナショナル(以下「訴外会社」という。)に対し、次々と追加融資をなし、平成一〇年夏頃までに融資総額は一〇〇〇万円を超えたが、これは訴外会社の経営内容からみればその支払能力を超える与信であり、貸金業法一三条が禁止する過剰貸付に該当する。原告の融資は、連帯保証人の支払能力だけを担保に行われているが、本件においては、被告以外に連帯保証人となった訴外会社代表者Bはいわゆる多重債務者であり、Cは破産者であり、Dも資力がなく、Eは所在不明である。このように、十分な担保も取らずに過剰貸付をなし、かつ追加融資の際に被告に何らの連絡もなさなかった原告が被告に対して一〇〇〇万円の保証責任の履行を求めることは信義則上許されず、被告の保証責任の範囲は保証契約締結当時の既存債務額である三〇〇万円に制限すべきである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2は否認ないし争う。

被告は原告に対し、平成九年六月二〇日、訴外会社が原告に対して負担する債務について元本限度額を一〇〇〇万円として連帯根保証(以下「本件保証契約」という。)し、その保証債務の担保として本件手形を振出交付した。

その際、原告は被告に対し、本件保証契約の契約書(≪証拠省略≫)の控えを交付した。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実については当事者間に争いがない。

2  ≪証拠省略≫の被告の氏名が被告の自署によるものであることについて当事者間に争いがないので、真正に成立したものと推定される≪証拠省略≫によれば、請求原因2の事実が認められる。

なお、被告は被告が本件手形に署名した当時、本件手形の金額欄は白地であった旨主張するが、被告の署名に先立って、原告が本件手形の金額欄に一〇〇〇万円の数字をチェックライターで記入していたことは後記二1(二)認定のとおりである。

3  請求原因3の事実は、≪証拠省略≫により認められる。

二  抗弁について

1  本件保証契約締結及び本件手形振出の経緯

証拠(≪証拠省略≫、証人F、証人B、被告本人)によれば、次の事実が認められる。

(一)  被告は、平成九年六月、従妹のB(以下「B」という。)から、Bが経営する訴外会社が原告から三〇〇万円を借り入れるので保証人になって欲しいと依頼された。被告は以前にもBのために三〇〇万円程度の保証をしたことがあり、その時はBにおいて債務を完済して何の問題も生じなかったことから、今回も同程度の金額であれば問題ないと気やすく考えて、保証人となることを承諾した。その際、被告はBから、訴外会社の保証人として、被告以外に、Bの実母であるGやHも保証人となっていると知らされ、他にも保証人がいるのであれば、自分の保証人としての責任は大きなものとはならないだろうと考えた。

(二)  被告は、平成九年六月二〇日、Bと共に原告の池袋支店に赴き、同所において、原告担当者のF(以下「F」という。)、B立会いの下に、Fの指示に従って、「手形割引・金銭消費貸借契約等継続取引に関する承諾書並びに限度付根保証承諾書」(≪証拠省略≫)の連帯保証人欄に住所氏名を記入し、根保証限度額欄に漢数字及びアラビア数字で一〇〇〇万の数字並びに左下の空欄部分に「上記根保証金額及び契約内容について承諾いたしました。」との文言を記入し、「連帯根保証確認書」(≪証拠省略≫)の連帯保証人欄に住所氏名を、根保証額欄に「金壱千萬円也」とそれぞれ記入し、本件手形の振出人欄にも住所氏名を記入した。「連帯根保証確認書」(≪証拠省略≫)の根保証額欄及び本件手形の金額欄には、被告の署名に先立ち、原告によりチェックライターで一〇〇〇万の数字が記入されていた。被告は、Fに対して根保証限度額が一〇〇〇万円となっている意味について質問したところ、Fから、原告が訴外会社に対して融資できる限度額が一〇〇〇万円である旨聞かされたが、訴外会社はBが始めたばかりの赤字会社であるから信用も無く、現実に一〇〇〇万円もの融資が実行されることはないものと考えた。

(三)  原告は訴外会社に対し、本件保証契約締結日の前日である平成九年六月一九日に三〇〇万円を融資し(初回貸付)、本件保証契約締結後、同年八月一日に一〇〇万円、同年八月三〇日に一〇〇万円、同年九月八日に一〇〇万円、同年一〇月一七日に二〇〇万円、平成一〇年一月二一日に四〇〇万円、同年一月二六日に二〇〇万円を追加融資し、合計一四〇〇万円を貸し付けた。この間、訴外会社から原告に対し、利息の支払についてはほぼ滞りなく行なわれたが、貸付元金の返済(借替えを除く。)は一切なされなかった。また、被告は、初回融資の三〇〇万円についてはBやFから知らされていたが、その後の追加融資の実行については、Bからも原告からも知らされなかった。

(四)  訴外会社は、もともと赤字経営であり、銀行等の金融機関から融資を受けることが困難な状態にあったが、運転資金を得る必要に迫られて原告から平成九年六月一九日三〇〇万円の融資を受け、その後も保証人を追加することにより比較的容易に追加融資を受けることができたため、前記(三)のとおり次々と原告から融資を受けた。しかし、訴外会社の経営状態は好転せず、平成一〇年には事実上休業状態となった。

(五)  原告における融資については、通常、一応の返済日が決められていても、五年間自由返済であるとして、約定利息の支払が滞りなく行われている限り、元本の返済がなされなくとも貸付日から五年間は遅滞として扱わずに顧客に信用を供与する取り扱いがなされている。しかし、原告は、訴外会社に対する平成九年六月一九日の初回融資に際しては、通常の取り扱いとは異なり、同年八月五日及び同年九月五日に各一〇〇万円ずつ元本を返済することを約束する確認書(≪証拠省略≫)を訴外会社から徴求している。

(六)  被告は既婚の会社員であるが、夫名義の住宅ローンを抱える家計を補助する程度の収入を得ているにすぎず、本件保証債務の他、自身の借入債務もあって、現在債務整理中である。

原告は、訴外会社に対し、追加融資を実行する度に保証人の追加を求めたが、保証人Cは破産宣告(東京地裁八王子支部平成一〇年(フ)第四九二号)を受け、同Iは自身の負債もあり債務整理中であり、同Eは現在所在不明である。

2  右に認定した事実にもとづいて検討する。

(一)  錯誤無効について

被告は、三〇〇万円の保証意思しかなく、本件手形振出の原因関係である原告と被告との間に締結された根保証限度額一〇〇〇万円とする本件保証契約は保証限度額について被告に錯誤があって無効である旨主張し、被告本人は、Fは本件保証契約締結時に被告に対し既存の三〇〇万円の貸付についてのみの保証であると説明した旨の右主張に添う供述をなすが、右供述は前掲各証拠に照らしてにわかに信用することはできず、他に被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。

(二)  信義則違反について

保証人が主債務者の現在及び将来負担する一切の債務について連帯保証するという連帯根保証契約においては、保証期間や保証限度額を定めたものであっても、その保証期間が長期間にわたり、かつ、保証限度額も契約締結時点における主債務額に比較して高額である場合には、連帯根保証契約が締結されるに至った経緯、債権者と主債務者との取引の態様・経過、債権者が取引に当たって債権保全のために講じた注意の程度と手段その他一切の事情を斟酌し、信義則に照らして保証人の責任を合理的範囲内に制限すべきものであると解するのが相当である。

そこで、これを本件について検討するに、前記認定の事実によれば、本件保証契約の保証期間は契約締結日から五年間であり、訴外会社の経営とは全く関わりがなく、単に訴外会社の代表者の従姉であるという関係から保証を引き受けたにすぎない被告にとっては、長期間の保証といえる。また、根保証限度額一〇〇〇万円も、既存債務額三〇〇万円の三倍を優に超える金額であり、家計補助程度の給与所得を得ているにすぎない被告にとっては高額であるといえる。前記認定の事実によれば、被告は訴外会社の経営には全く関与しておらず、従妹のBからの要請を受けて親族関係の情誼から保証を引き受けたものにすぎないこと、初回の三〇〇万円の融資以降になされた合計一一〇〇万円にものぼる追加融資についてはBから説明を受けることもなく、原告からも知らされなかったこと、原告は訴外会社に対する初回融資に際しては通常の取扱いと異なり短期弁済の確認書を徴求していることから訴外会社に対して長期の与信をすることには懸念を持っていたことが窺えるが、それにもかかわらず、初回融資以降わずか七か月の間に七回にわたり合計一四〇〇万円もの巨額の融資を行っていること、その間、原告が訴外会社の財務状況について何らかの調査を実施していたことは窺えず、むしろ訴外会社が約定利息を滞りなく支払っていた事実及び追加融資の度に原告の要求に応じて訴外会社が新たなる保証人を付したことを重視して漫然と融資を重ねたことが窺えること、各保証契約の締結についても保証人となる者の支払能力について充分な調査がなされたとは言い難いこと等諸般の事情を総合考慮すると、被告が原告に対して負担すべき責任額は五〇〇万円をもって限度とするものと認めるのが相当である。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は金五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年七月六日から支払済みまでの年六分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の請求は棄却することとし、主文掲記の手形判決を変更して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深見玲子)

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